恵子・ホームズ OBE


戦後生まれ。故郷は近年熊野古道で有名になった、三重県熊野市紀和町。「小学6年生」という雑誌の付録についてきた英和辞書がきっかけで英語に興味を持ち、 高校卒業後英語を身につけるために上京。ベィビーシッターのアルバイト先で英国ロンドン出身のポール・ホームズと巡り合い、卒業後結婚。 ポールを通してクリスチャンになる。長男が8歳の時、二人の息子を連れてロンドンに移り住む。 それから5年後に、ポールは出張中飛行機事故で他界。異国での苦難の年月は信仰の支えなくしてありえなかった。 その後熊野に帰省した際に、故郷紀和町にある新しく造りえられた元戦争捕虜の英国軍人の墓に感動し 「紀州鉱山で亡くなった16人の英兵の家族や帰還した284人の兵士たちに巡り合うことができたら、この素晴らしい墓のことを知らせたい」と願う。

第二次世界大戦下、各地で日本軍の捕虜となった連合軍(英軍、米軍、豪州軍、ニュージーランド軍、カナダ軍、オランダ軍など)の兵士たちは、 さまざまな辛酸を嘗め尽くしたことを知るようになる。 不思議な巡り合わせによって、次々に英国、その他の国の元捕虜たちに出会っていく。 最初は日本人に対する怒りと憎しみを浴びせていた元捕虜たちが次第に友となっていった。彼らの心の癒しと日本人との和解のために、捕虜だった人々を日本にお連れする計画を立てる。 多難を乗り越え、1992年に始めての「Agape心の癒しと和解の旅」が実行され、大成功に終わる。 両国の元兵士たちが謝り、赦しあった。互いの心が癒され、和解がもたらされ、元捕虜と日本人との交流が始まった。互いにホームスティしあうようにもなる。 その後、協力者も徐々に増え、延べ400人以上の元捕虜及びその家族を日本にお連れした。 2006年からは経済的支援が途絶えたが、元捕虜とその関係者は自費でアガペの旅に参加するようになる。 1998年、英国女王から大英第四級勲功章(OBE)を受章。天皇皇后両陛下にも謁見し、感謝の意を表される。 各地に住む元捕虜訪問、自宅での昼食会、和解の旅などの働きは現在も続いている。和解の旅には英国以外の元捕虜も含まれる。 ロンドン在住。日本には年間1、2度訪れ、「和解の旅」のコーディネートと引率、また、各地での講演活動などをしている。

最近では、大学や中学高校でアガペの活動を講演することが増えている。 1998年、英国女王から大英第四級勲功章(OBE)を受章。天皇皇后両陛下にも謁見し、感謝の意を表される。 各地に住む元捕虜訪問、自宅での昼食会、和解の旅などの働きは現在も続いている。和解の旅には英国以外の元捕虜も含まれる。 ロンドン在住。日本には年間1、2度訪れ、「和解の旅」のコーディネートと引率、また、各地での講演活動などをしている。 最近では、大学や中学高校でアガペの活動を講演することが増えている。